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新型コロナと家賃・賃料をめぐる諸問題

1.賃料の支払猶予要請

 国土交通省は令和2年3月31日付で「賃料の支払いが困難な事情があるテナントに対しては、賃料の支払いの猶予に応じるなど、柔軟な措置の実施を検討頂くよう、要請」をしています。

 なお,金銭債務の特則を定める民法419条3項は金銭の給付を目的とする債務の不履行に基づく損害賠償については、債務者は、不可抗力をもって抗弁とすることができないと定めており,「不可抗力」をもってしても債務不履行(遅滞)とはなってしまいます。

 賃貸人(家主)に支払いが困難な事情を誠実に説明し猶予に応じて頂くよう求めることとなります。

2.賃料不払いによる解除と信頼関係破壊の法理

 前述のとおり,賃料の不払いは不可抗力をしても債務不履行(延滞)となってしまいます。そして賃貸人は債務不履行を理由に解除(催告解除(541条)・無催告解除(542条))が可能となります。

 もっとも,最高裁は賃料不払いによる解除について信義則により制限をしたり(最判昭和37年2月28日),賃貸借当事者間の信頼関係が賃貸借契約の当然解除を相当とする程度にまで破壊されたといえないなどとして制限をするなど(最判昭和51年3月25日),いわゆる信頼関係破壊の法理を採用し,実務上も1,2カ月程度の賃料不払いでは一般的には信頼関係の破壊に至っていないので解除はできないと解されています(もっとも,これまでの賃貸借契約の経緯等様々な事情が考慮されるので注意が必要です)。賃貸借契約については、それ

が当事者間の信頼関係を基礎とする継続的債権関係であることなどが根拠とされています【国民生活2017.11村川隆生「入居中のトラブルと相談対応⑵−賃料滞納と相談対応−」参照】。

 経済産業省「テナント家賃の支払いを支援する制度について」にも末尾に「(参考)賃貸借契約の考え方【法務省民事局】」として「〇日本の民法の解釈では、賃料不払を理由に賃貸借契約を解除するには,賃貸人と賃借人の信頼関係が破壊されていることが必要です。最終的には事案ごとの判断となりますが,新型コロナウイルスの影響により3カ月程度の賃料不払が生じても、不払の前後の状況等を踏まえ、信頼関係は破壊されておらず、契約解除(立ち退き請求)が認められないケースも多いと考えられます」と記載されています。

 日弁連令和2年5月1日「緊急事態宣言の影響による賃料滞納に基づく賃貸借契約解除を制限する等の特別措置法の制定を求める緊急会長声明」においても「この点、民法の解釈では、賃料の不払を理由に賃貸借契約を解除するには、賃貸人と賃借人の信頼関係が破壊されていることが必要とされる。この解釈によれば、緊急事態宣言の影響により3か月程度の滞納が生じても、直ちに解除が認められないケースが多いものと考えられる」とされています。

 もちろん,いかなる場合も滞納が許されるものではありませんので,やはり賃料の支払いが困難な事情を誠実に賃貸人に説明をし猶予を求めることとなりますが,賃料の不払いが必ずしも直ちに賃貸借契約の解除事由となるものではないことには留意が必要です。

 前掲日弁連の緊急会長声明では国に対し「緊急事態宣言の影響により賃料の支払が困難になった場合に、一定期間の賃料の支払を猶予し、それらの滞納を理由とする賃貸借契約の解除を制限する内容を盛り込んだ特別措置法の制定」を求めています。

3.賃料減額請求について

(1)契約に基づく賃料増減額

 賃貸借契約の中には,賃料増減額の規定がある場合もあります。この場合は契約条項に従って賃料増減額の可能性や手続を探ることになります。

(2)借地借家法32条に基づく賃料減額

 借地借家法32条本文は「建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる」と定めています。

 新型コロナウイルス感染症の拡大により今後いかなる経済事情の変動が生じるか,あるいは,近傍同種の建物の借賃の相場変動が生じるかは現時点では見通せません。新型コロナウイルス感染症の影響がどの程度継続するのか,あるいは行政による規制などとも関わりますが,ここ数ヶ月の状況のみをもって同条に基づく減額請求ができるかについては判断は難しいようにも思われます。

(3)民法611条に基づく賃料減額請求

 民法611条は賃借物の一部滅失等による賃料の減額等を定めています。本年4月1日に新民法により条文が改正されている点に注意が必要です。

 

【新民法】

(賃借物の一部滅失等による賃料の減額等)
第611条
1.賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料は、その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、減額される。
2.賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、残存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を達することができないときは、賃借人は、契約の解除をすることができる。
【旧民法】
(賃借物の一部滅失による賃料の減額請求等)
第611条
1.賃借物の一部が賃借人の過失によらないで滅失したときは、賃借人は、その滅失した部分の割合に応じて、賃料の減額を請求することができる。
2.前項の場合において、残存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を達することができないときは、賃借人は、契約の解除をすることができる。
 令和2年4月1日以降に締結された賃貸借契約については新民法,同年3月31日までに締結された賃貸借契約については旧民法が適用されます。
 賃貸借契約は令和2年3月31日までに締結をされていたが,契約の更新が同年4月1日以降に行われた場合も注意が必要です。この点,立法担当者は,当事者の合意により4月1日以降に更新がなされた場合は更新後の契約には新法が適用されるとしています。そして,期間満了前に両当事者のいずれかが異議を述べない限り自動的に契約が更新される場合も「期間満了までに契約を終了させないという不作為があることをもって,更新の合意があったと評価することができると考えられる」としています(商事法務「一問一答民法(債権関係改正)」Q205・383頁以下参照)。他方,法律の規定に基づく更新(借地借家法26条等)については引き続き旧法が適用されます。
 また,前掲「一問一答」では,「旧法は,賃借物の一部が滅失した場合に賃借人に賃料減額請求を認めていたが(旧法第611条1項),賃借人において賃借物の十分な使用収益ができなくなるのは,賃借物の一部滅失の場面に限られず,より広く使用収益をすることができない場合一般に賃料の減額を認めるのが合理的であり,一般にそのように解されていた」とあります(Q172・322頁)。改正で減額が認められる場合が「滅失」によりも拡がったというよりは,旧法においても「そのように解されていた」という立場のようにも読めます。
 さて,新型コロナウイルス感染拡大の影響が新民法611条1項の「賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるとき」に該当するか,旧民法611条1項の「賃借物の一部が賃借人の過失によらないで滅失したとき」に該当するかが問題となります。
 これについては,単にコロナに対する社会の不安により客足が遠のいた,新型コロナウイルス対策特措法(改正新型インフルエンザ等対策特別措置法)によらない自粛要請がなされた,緊急事態宣言がなされる前の段階で特措法24条9項に基づく休業あるいは営業時間短縮等の協力要請がなされた,特措法32条に基づく緊急事態宣言がなされ実施区域に指定された,緊急事態宣言下で特措法24条9項に基づく協力要請がなされた,特措法45条1項に基づく県民に対する外出自粛要請がなされた結果,営業継続が困難となった,特措法45条2項に基づく休業要請等がなされた,同条3項に基づく指示がなされたなど,様々な段階があります。また店舗が入っているビル等自体が閉鎖された場合や,賃貸人の判断で使用停止とした場合もあり得ます。対外的通常業務は休止せざるを得なかったが,内部的業務やテイクアウトその他代替業務は継続できた場合もあり得ます。これらについての民法611条の適用可能性はまだまだこれからの議論となります。民法611条の考え方は背景としつつも,まずは家賃の支払い困難な事情や賃借物件が使用収益できない事情などを踏まえて,賃貸人の理解も得ながら賃料の減額あるいは猶予を求めていくことが穏当であると考えます。
 なお,新民法611条1項では当然に賃料が減額されるとの規定となっていますが,旧民法611条1項では「請求」により,一部滅失の時点に遡って賃料が減額されると解されています。

4.賃料支払猶予・減額の交渉・民事調停等

 賃料の支払猶予や減額については,必ずしも法的見通しが立ちにくいこと,賃貸人も建設費用の支払いや家賃収入に生活を依存している等の事情があり,新型コロナウイルスの感染拡大という事態に苦しむ立場にあることは同様であることなども配慮し,賃貸人・賃借人の相互の信頼関係と理解のもとで誠実に交渉していくことが求められると考えます。簡易裁判所における民事調停や弁護士会の紛争解決センターの利用なども考えられます。

5.政府による家賃支援が早急に求められること

 居住用の不動産については住宅確保給付金制度等が,事業者には持続化給付金制度等の制度が新型コロナ対策として行われていますが(各自治体における独自の支援もあります),家賃・賃料の支払いに苦しむ借主支援としては不十分です。また,借主の賃料不払いや退去等は貸主の賃料収入にも直結し,共倒れを招く懸念もあります。

 現在,与野党において家賃支援制度について検討がなされています。野党は「中小企業者等の事業用不動産に係る賃料相当額の支払猶予及びその負担軽減に関する法律案」を衆議院に提出しています。この5月末の家賃の支払いに行き詰まっている飲食店・テナントも少なくないと思われます。また,賃料減額をめぐる法的係争が続出することになることは決して望ましいとは思われません。ぜひ早急に国会において賃料支援法制が実現することが求められます。