新民法151条1項は,当事者間において権利についての協議を行う旨の合意が書面(電磁的記録を含む)により行われた場合には,時効の完成が猶予されるとしています。
(協議を行う旨の合意による時効の完成猶予)
第151条
1.権利についての協議を行う旨の合意が書面でされたときは、次に掲げる時のいずれか早い時までの間は、時効は、完成しない。
一 その合意があった時から一年を経過した時
二 その合意において当事者が協議を行う期間(一年に満たないものに限る。)を定めたときは、その期間を経過した時
三 当事者の一方から相手方に対して協議の続行を拒絶する旨の通知が書面でされたときは、その通知の時から六箇月を経過した時
<2項以下,略>
他方,新民法150条は催告による時効の完成猶予を定めています。
(催告による時効の完成猶予)
この点,「一問一答」Q25・50頁は「協議を行う旨の合意は,更新の措置をとるまでの暫定的なものである点においては催告と同様であるから,催告によって時効の完成が猶予されている間にされても時効の完成猶予の効力を有しない(新法第151条第3項前段)。なお,協議を行う旨の合意によって時効の完成が猶予されている間に催告がされても,その催告は完成猶予の効力を有しない(同項後段)。」としています。
その上で脚注(51頁)において「(注)『時効の完成が猶予されている間』とは,時効が本来完成すべき時が到来しているものの,完成猶予事由の効力によって時効の完成が猶予された状態を指す。」とされています。この脚注を前提とすると,「時効が本来完成すべき時が到来して」いない時点において,なされた協議を行う旨の合意には完成猶予の効力がなお認められると解されるように思われます。
実務上,消滅時効期間が迫っている場合には,催告により消滅時効期間の6か月の完成猶予をまずは得ておくことがあります。新民法施行後は,提訴前の時効の完成猶予の方法として催告に加えて,協議を行う旨の合意が加わりました。しかし,協議を行う旨の合意については,その旨を申し入れしても相手方が合意に応じる保障はありません。そのため,催告との選択,さらには併用も検討事項となり得ます。まずは催告をして,時効の完成猶予の効力を得た上で,協議を行う旨の合意を目指すことができればよいのですが,新民法151条3項前段では催告によって時効の完成が猶予された場合には,協議を行う旨の合意に完成猶予の効力は認められないとなりそうです。もっとも前述の解釈が成り立つのであれば催告をした上で「時効が本来完成すべき時が到来して」いない時点で,更に協議を行う旨の合意を得ることができた場合には,その効力も認められるとなりそうです(日本弁護士連合会編「実務解説改正債権法第2版」弘文堂89頁)。この点,なお慎重に検討が必要ですが,協議を行う旨の合意が実務上利用しやすいものとなるためには,催告との併用関係についても整理がなされる必要があると思われます。
ところで施行日(令和2年4月1日)前に生じた債権について,施行日以後に書面による協議の合意をすることで時効の完成が猶予されるかどうか。
「一問一答」Q206(385頁)は,「時効の中断・停止(更新・完成猶予)の事由の効力はこれらの事由が生ずることによって初めて現実に問題となるものであることから,当事者はこれらの事由が生じた時点における法律が適用されると予測し期待するのが通常であると考えられる・・・」「また,『中断・停止』又は『更新・完成猶予」という二つの制度が長期間併存すると,時効をめぐる法律関係が複雑化することから,新法の『更新・完成猶予』に関する規程は,できるだけ幅広く適用するのが相当であると考えられる・・・」「以上を踏まえ,施行日前に時効の中断・停止の事由(更新・完成猶予の事由)が生じた場合については旧法を適用し,施行日以後にこれらの事由が生じた場合には新法を適用している(附則第10条第2項。第3項)・・・」「そのため,施行日前に生じた債権であっても,施行日以後に新たな完成猶予事由である書面による協議の合意(新法第151条)をすることで,時効の完成が猶予される・・・・」と解説しています。
【附則】
(時効に関する経過措置)
第10条
1. 施行日前に債権が生じた場合(施行日以後に債権が生じた場合であって、その原因である法律行為が施行日前にされたときを含む。以下同じ。)におけるその債権の消滅時効の援用については、新法第百四十五条の規定にかかわらず、なお従前の例による。
2.施行日前に旧法第百四十七条に規定する時効の中断の事由又は旧法第百五十八条から第百六十一条までに規定する時効の停止の事由が生じた場合におけるこれらの事由の効力については、なお従前の例による。
3.新法第百五十一条の規定は、施行日前に権利についての協議を行う旨の合意が書面でされた場合(その合意の内容を記録した電磁的記録(新法第百五十一条第四項に規定する電磁的記録をいう。附則第三十三条第二項において同じ。)によってされた場合を含む。)におけるその合意については、適用しない。
4.施行日前に債権が生じた場合におけるその債権の消滅時効の期間については、なお従前の例による。