・東電設計の津波試算は土木学会の津波評価技術2002における三陸沖の領域③(プレート間津波地震)と領域④(プレート内正断層モデル)の断層モデルの諸元を用いている。もっとも福島沖に移動させるため「走向」は海溝に沿うとされる205度とされている。
・その上で津波試算の概略パラメータスタディでは領域⑨(プレート間津波地震)においては+-5度、領域⑩(プレート内正断層モデル)では+-10度の各3パターンを設定している。なぜ領域⑨と領域⑩で設定する走向の幅に5度の差があるのか、なぜ領域⑨についても+-10度としないのかについては説明の記載は無い。
・そして津波試算では、領域⑨(プレート間津波地震)の走向+5度(R9-06モデル)において最大水位が算出さたことから、これについて詳細パラメータスタディを行い、いわゆる南側で15.7メートルの津波を算出している。他方で東側では2号機で9.2メートルなどかろうじて10メートル盤を下回る数値となっており、これをもって最判令和4年6月17日などは規制権限を行使しても東電は南側だけに防潮堤を立てただけあり東側からの3.11津波は防げなかったとしている。
しかし、仮に領域⑨において「走向+10度」の概略パラメータスタディを行った場合に「走向+5度」よりも更に高い水位が算出されたのではないか、そして東側の水位も10メートルを超えたのではないかとの疑問がある。+5度で算出される数字が最大値かどうかは+5度よりも上の数字を検証しなければわからない。
・土木学会の津波評価技術2002の付属編(資料編)では[「既存断層パラメータのばらつきの評価」とし、解析対象データを「プレート間逆断層地震のハーバード解」として、日本海溝北部の走向の標準偏差は12.1、日本海溝南部の走向の標準偏差は13.5とある(2-176 表3.1-1)。そして「三陸沿岸の評価例」(2-177)では領域③(逆断層)及び領域④(プレート内正断層)についていずれも走向+-10度で試算がなされている(2-182)。東電試算は土木学会津波評価技術に従い、領域③④を福島沖の領域⑨⑩に移動させて試算したのであるから、領域③に対応する領域⑨においても+-10度で試算をするのが自然である。なぜ+-5度にしているのか疑問である。
・また上記付属編(資料編)には、「1.4.4 走向の影響」との解説があり(2-86)、「走向を変化させた 5 ケ ースを設定した。走向の変化により,基準走向の 0.6~1.5 倍程度変化している地点も見られる。また,図 1.4.4-1 と同様に,着目地点に断層が正対する走向で計算最大水位上昇量が大きくなる傾向がある」と記載されている。「着目地点」となる福島第一原発に断層が正対する走向で計算をすると計算最大水位上昇量は大きくなる傾向があるのだから、走向を福島第一原発により正対させる角度(これが+10になるのであろうか)で試算すればより高い水位が得られた可能性もある。
・土木学会の平成23年9月「確率論的津波ハザード解析の方法」の「日本海溝沿いの JTN1 領域の津波を対象とした津波ハザード評価」(119頁以下)においても「矩形一様モデルについては、パラメータ変動を考慮する場合として、それぞれに走向を±10° かえたケースを計算した。走向を変えたケースについても、すべり角( )はプレートのすべり 方向(295°)と一致するように設定した。走向を変えた場合の断層パラメータの例を表 6.1-3 に示す。」とされている。
・今村・首藤「津波高さに及 ぼす断層パラメータ推定誤差の影響」には「一方,No.29は,断層長さの検討で分かるように,推定値による波源の短軸方向へ放出した波エネルギーの中心が通過する位置にある.最後に,No.36 は断層の走向の違いによる波形変化に関 して最 も興味あ る地点であり,この地点の特徴は波高ピークの検討で考察する.No.36以北では,差の大きさも±σの範囲で30%程度であるのに対し,N,o.30以南では,非常に差は大きく60%を示している場所もあ る.断層長さの違いで生ずる差に比べて全体的に差は大きい」「断層長さと走向を変化させ,最高水位の違いや波高ピークの移動について考察し,相対誤差は波エネルギーの高い方向で大きく,波高ピークの伝播方向の違いが影響する.特に,走向が変化した場合,地 形との関連において波の指向性が大きく変わるため,波高に差の生 じる範囲が広く,その程度も大きい,臨界角の前後に進行する波成分は,僅かな走向の違いによ り,外海へ直接放出されるものと沿岸へ向かうものとの差を生じ,海岸での打ち上げ高さに大きく影響する.断層パラメータの偏差の影響は,最高水位に関して言うならば,断層長さの場合に最大で約30%,断層の走向の場合に同じく約60%となる」とある。
・仮に規制権限を行使し、東電は領域⑨で走向±5度で試算をしたとしても保安院・JNESのクロスチェックの際には土木学会津波評価技術を参照して±10度で試算されたはずである。この場合東電試算が本当に最大水位であったのかの検証はまだなされていない(なおJNESは女川については貞観津波によるクロスチェックも行っている。福島第一について貞観津波の「詳細」パラメータスタディが行われたかは不明なままであるが、仮に2~3割増しとなる「詳細」パラメータスタディにより東側からも10メートルを超える津波が試算された公算が強い)。
・令和4年6月17日最判の三浦反対意見では「そして、本件試算における断層モデルのパラメータは、明治三陸地震の断層モデルを前提にしているが、それは一つのモデルにとどまり、実際に発生する津波地震における断層の数値がこれらに必ず一致するものでもない。パラメータスタディによりその不確定性が一定程度緩和されるにしても、評価対象地点の各数値が科学的に正確なものと確認することは、原理的に不可能といってよい。地震及び津波が諸条件によって複雑に変化し、予測が困難な自然現象であって、これらに関する研究や予測の技術も発展過程にあることを考え併せれば、本件長期評価に基づく津波の想定においては、本件試算の各数値を絶対のものとみるべきではなく、これを基本 として、相応の数値の幅を持つものと考えるのが相当である」としている。正鵠を射ている。
・東電平成20年試算は「15.7メートル」がトピックとなっており、その試算の合理性と予見可能性をめぐり争われてきたが、司法判断においては試算の合理性と予見可能性についてはこれが認められるものとして概ね決着が着いたと思われる。しかし、結果回避可能性ないし因果関係判断において「南」からだけ「15.7メートル」の津波がくる(福島沖の海底地形の影響があるらしい)、「東」からは「10メートル越え」の津波はこないとして、「南」だけ「防潮堤」の対策をしたはずだ(しかし3.11津波は東から来たので防げなかった)との論理で国の責任が否定されている。私も含めて数字に弱い司法の世界が数字のロジックに騙されている感もある。少なくとも東電試算(長期評価・延宝地震・貞観津波)の詳細データの開示と第三者専門機関による試算の検証がなされる必要がある(司法はこれをせずに素人丸出しの判断をしているおそれがある)。
・予見可能性を基礎づける試算としては東電試算は合理的であるが、これのみに基づいて対策をしてよいということにはならない。試算を契機に試算を厳しく検証した結果、東側からの津波の襲来の対策も必要との結論にいたったのではないか。走向以外のパラメータについても検証すべき事項もあるかもしれないが、筆者の能力の限界から「走向+10度」について述べてみた。誤りが多々あろうかと思うのでご指摘を願いたい。
・なお規制権限が行使されれば技術基準に適合しない原発は一時停止となるのが原則であろう。そして停止された原発の再稼働には,保安院・JNESのチェックのほか,地元自治体の同意も必要となろう。15.7メートル試算が秘されていたことがそもそも問題であり,規制権限が行使され15.7メートル試算が公になっていたならば,南に防潮堤を建てただけで技術基準適合の確認がなされ再稼働ができたとは思われない。この様な事実的・社会学的?な因果関係の考察も最判令和4年6月17日やそれに追従する判決には全く欠けているところである。