平成22年定期点検時が事故防止のチャンスであった

福島第一原発の平成22年時の定期検査は下記の期間であった。

 

※東電「定期検査実績一覧」より

 ・1号機 H22.3.25H22.10.15

 ・2号機 H22.9.16H22.12.15

 ・3号機 H22.6.19H22.10.26

 

 

 なお、4号機ないし6号機は平成22年8月ないし11月より定期点検で平成23年3月11日時点においても停止中であった。

 

 電気事業法施行規則93条の3は「経済産業大臣は、定期検査を終了したと認めたときは、定期検査終了証を交付する」と定めているところ、技術基準に適合しないものでないこと等が確認された場合に経済産業大臣は定期検査終了証を交付する(2005年版電気事業法の解説383頁)。

 

 定期検査終了証の交付の法的性格をどのように解するかは別として(平成25年(行コ)第21号 定期検査終了証交付差止請求控訴事件等参照)、技術基準に適合していないことが確認されているにも関わらず定期検査終了証を交付することは、事実上あり得ず、仮に存するならば経済産業大臣の作為義務違反の違法行為となろう。

 

  なお、佐藤雄平福品県知事は平成22年3月29日に直嶋正行経済産業大臣を訪ね、プルサーマル実施に同意するにあたっては、必要不可欠な技術的条件の一つが耐震安全性の確認であると要望している。プルサーマル実施のために地元の目が厳しい中で、技術基準に適合しないまま定期検査終了証の交付などできるはずはない。

 

 なお、東電は平成20年に明治三陸沖地震モデルを福島沖に置いた場合の津波シミュレーションを行い、いわゆる15.7メートルの試算結果を得ていた。また、東電は平成21年9月に貞観津波試算を保安院に報告している。敷地高を超える津波が襲来すれば非常用ディーゼル発電機・外部交流電源・直流電源の全てが使えなくなり全電源喪失となることは平成18年の溢水勉強会で既に判明していた。平成18年9月の耐震設計審査指針の改訂では「極めてまれであるが発生する可能性があると想定することが適切な津波によっても、施設の安全機能が重大な影響を受けるおそれがないこと」と定められ、保安院は耐震バックチェックの指示をしていたが、東電は平成21年6月に完了するとしていたにも関わらず、平成21年6月19日に1号機から4号機及び6号機の中間報告書をようやく提出したが、その後の作業は著しく遅れていた。

 

 そのような状況下で平成22年3月から1号機ないし3号機は順次定期検査に入っていったのである。

 

 他方、平成22年には以下の事故時操作手順書の改訂も行われている。

 

東電事故時操作手順書

■2010.2.4 大規模地震発生時の対応手順の新規作成。

(1)自然災害編の新規作成(大規模地震等により、長期間の外部電源喪失並びに軽油タンクへの補給不可となった場合のD/G不可の絞り込み手順を含む)

(2)津波発生の手順をタービン編より自然災害編に移行

■2010.5.13 目次に「Ⅳ 自然災害編」を追記

■2010.7.6 1号機第26回定検改造に伴う見直し。

(1)原子炉圧力高スクラム設定値と非常用復水器(IC)動作設定値の変更に伴う保安規定変更による見直し。

a 原子炉圧力高スクラム設定値を「7.27MPa→7.07MPa」に変更。

b 原子炉圧力高スクラム設定値変更に伴い、SRVがサイクリックに開閉している場合の手動制限範囲を「6.37~7.26MPa→6.27MPa~7.06MPa」に変更。

c 非常用復水器(IC)動作設定値を「7.27MPa→7.13MPa」に変更

 

 なお、2号機では、平成22年6月17日に外部電源が受電できずに原子炉が緊急停止しRCICによる注水を行う事故があった(「福島第一原子力発電所2号機における原子炉自動停止について」)。1号機ではSR弁の優先使用からICの優先使用となる設定の見直しが行われ、平成22年7月に保安規定変更申請が保安院により認可されている(講談社「福島第一原発事故の真実」NHKメルトダウン取材班343頁)。敷地高を超える津波による浸水により直流電源喪失が予見されている場合には、せめて大津波警報発生時の操作手順として地震発生から津波襲来までの間の対応(防護扉を閉じる・HPCIによる緊急冷却の優先活用・運転制限の解除)などを確認させ、また実施訓練もさせてるべきであった。

 

  省令62号4条(防護措置等)1項では「原子炉施設並びに一次冷却材又は二次冷却材により駆動される蒸気 タービン及びその附属設備が想定される自然現象(地すべり、断層、 なだれ、洪水、津波、高潮、基礎地盤の不同沈下等をいう。ただし、 地震を除く。)により原子炉の安全性を損なうおそれがある場合は、 防護措置、基礎地盤の改良その他の適切な措置を講じなければならない」と定められていたところ、遅くとも貞観津波試算について報告がなされた平成21年9月には保安院は福島第一原発が技術基準に適合していない可能性を認識できたのであるから、電気事業法106条の報告の徴収権限などを行使して、更に精緻な津波試算を東電に実施させるかJNESなどに行わせることにより、技術基準に不適合であることが確認できたはずである。

 この場合に、直ちに技術基準適合命令(40条)を発動するのか、津波対策のための暫定措置(手順書の整備・防護扉を閉じる・土盛りないし土嚢くらいは用意する・直流電源だけでも水密化をする・共用プール建屋地下の配電盤を水密化するか、1階以上に設置する等)を指示しその結果を報告させるなどをすれば事故は防げたはずである。

 

 そして、平成22年3月からの定期点検開始後は、これらの技術基準適合命令ないし暫定措置に従わない限りは、定期検査終了証を交付すべきではなかった。そして1号機から6号機全てが停止している状況で3.11を迎えたのであれば事故は防げたのである。

 

 なお、前述のとおり、平成22年には手順書に「自然災害編」がようやく設けられている。「津波発生」においては「引き波」だけでなく「津波浸水」にも備えた手順を整備させるよう指示できたはずである。また、1号機ではRCICは備えられておらずHPCIかICによる冷却しか予定されていないところ、電源喪失時にはICは全閉となる設計だったのであるから、せめて大津波警報発令時には、HPCIの積極活用による冷温停止を目指す手順ないし保安規定とすべきであったし、ICの運転制限も解除しておくべきであった。またスクラム停止・IC・SR弁の設定を変更したのであるから実際の操作訓練をすべきであった。設定変更を受けた操作訓練を経ていないにも関わらず定期検査を合格させてしまったことも重大な落ち度である。

 

 平成22年の定期検査時は保安院が規制権限を行使する最大で最後のチャンスであった。しかるに漫然と定期検査終了証を交付し再稼働させた作為により、事故は発生したのである。