東京電力は平成22年5月26日付で経産大臣に「1号炉原子炉圧力高に係る設定値の変更」等を理由とする保安規定変更認可申請を行っている。
具体的には、原子炉をスクラム停止する際の設定値を7.27MPaから7.07MPaに引き下げるとともに、非常用復水器(IC・イソコン)の設定値も7.27MPaから7.13MPaに引き下げられている。なおSR弁の設定値は7.27MPaのままである。
この申請を受けた保安院の「福島第一原子力発電所原子炉施設保安規定の変更の認可について」と題する書面には、平成21年2月に1号機で発生したダービンバイパス弁の不具合に伴い原子炉圧力が上昇する事象の際に「主蒸気逃がし安全弁(SR弁)」と動作設定が同じ圧力である原子炉圧力高スクラム信号が発信されなかったことから、原子炉スクラムを優先するために設定値の変更を行う、「非常用復水器」(IC・イソコン)についても「原子炉スクラムを優先するよう安全保護系設定値の変更を行う」とある。
■起動操作中の福島第一原子力発電所1号機における原子炉の手動停止について 平成21年2月25日 東京電力株式会社
しかしNHKメルトダウン取材班「福島第一原発事故の「真実」」(講談社)343頁以下に指摘されているように、原子炉スクラムを優先させるのであれば原子炉スクラムの設定値だけを引き下げれば足りるはずであり、非常用復水器の設定値をSR弁の設定値よりも引き下げる(原子炉スクラム<IC<SR弁とする)必要まではない。なぜ非常用復水器の設定値を引き下げ、SR弁よりも優先させることにするのかについての説明も検討も書面上はなされていない。なお、同書によると、1968年の設置変更許可申請書ではSR弁の当初の起動設定圧力は7.44MPaであったが、1980年に7.27MPaに引き下げられた、非常用復水器の設定値も7.27Mpaであるが、15秒間維持されて初めて起動することから、SR弁が優先的に動くことになるとある(332頁以下)。
そして経済産業大臣は2010年6月14日付で保安規定の変更を認可している。東京電力は同年7月にこの認可を受けて原子炉スクラムの設定値とともに非常用復水器の設定値も引き下げをした。
3.11では、地震発生後(津波襲来前)に1号機では2機の非常用復水器が圧力高の設定値に達したことを受けて自動起動している(もっとも、その後、55℃毎時の運転制限を理由に手動停止され、以後は1機のみで開閉操作がなされたとされている)。2010年7月の設定変更により非常用復水器がSR弁よりも先に起動することとなったのである。この設定変更の認可が妥当であったのか、非常用復水器の運転操作の手順や訓練なども含めて、また、ECCSであるHPCIの起動を妨げる作用があったのではないかを含めて検証がなされる必要がある。
■参考 福島第一原子力発電所1号機において 地震に起因する冷却材漏えいが事故の原因となった 可能性があるという指摘について
https://jopss.jaea.go.jp/pdfdata/JAEA-Technology-2014-036.pdf