【福島原発訴訟】横浜地判平成31年2月20日の結果回避可能性判示

 【横浜地判平成31年2月20日】【63頁以下】

2 電源設備の移設により,本件事故を回避することができたか否かについて

以下では,電源設備の移設により,本件事故を回避することができたか否かについて,電源設備全部の移設という結果回避措置をとった場合(後記(1)),空冷式非常用D/Gと配電盤の移設という結果回避措置をとった場合(後記(2)),直流電源設備のみの移設という結果回避措置をとった場合(後記(3))に分けて検討する。また,以下,本項においては,特段の明示をしない限り,判示する日付は「平成23年3月」を指す。

 

(1) 電源設備全部の移設という結果回避措置をとった場合

ア 現象面からの検討

(ア) 1号機関係

非常用電源設備が35m盤上に移設され,福島第一原発の各号機に給電可能な状況になっていれば,本件津波によっても,全電源喪失という事態に陥ることはなかった。

そして,非常用電源設備が稼働していれば,1号機においては,非常用D/Gから供給される交流電源及びこれを変換した直流電源により,IC(非常用復水器)の隔離弁を操作・開閉してこれを起動することができ(前記第4章第1節第1,2(5)ウ(イ)[〈2〉-20頁]),これにより,原子炉に継続注水することが可能であったと認められる(同(3)イ(ア)b[〈2〉-7頁])。そして,ICの稼働状況は,非常用電源設備から給電される直流電源等により,中央制御室に設置された主要計装機器を参照することで確認することが可能であったと認められる(同(5)ア[〈2〉-19頁])。ICが起動してその稼働状況を確認することが可能な状況にあれば,1号機については,当面,原子炉の水位及び炉圧を確認しながらICによる注水を継続することができる状況であったし,本件では結局使用されなかったICのB系統を稼働させて注水量を増加させることもできた。さらに,原子炉内が高圧となった場合には,一時的にHPCI(高圧注水系)を稼働させて(HPCIの起動には直流電源を要するが,稼働自体には電力を要しない。),一時的に注水量を増加させることも可能であったと認められる(なお,1号機のHPCIは,原子炉建屋の地下1階にあって本件津波によって水没したが,同様に,原子炉建屋地下1階にあるHPCIが水没した3号機においては,本件津波到来後に,生き残った直流電源系を駆動源として起動している(前記第4章第2節第2,4(3)[〈2〉-113頁])ことからすれば,1号機においても,移設後の非常用電源設備とHPCIとの配線が構築されていれば,本件津波後においても給電可能であったと認められる。)。

そして,1号機において,水位及び炉圧を確認しながらの注水継続が実現できていれば,炉圧の異常上昇も生じず,ベントを実施する必要もなかったと認めることができるし,炉心損傷も,生じなかったか,生じたとしても最小限に抑えられ,少なくとも,水素爆発を誘発するほどの水素が発生することはなく,1号機の水素爆発は回避できたと認められる。

1号機の水素爆発が発生しなければ,それまでに行われていた電源復旧及び代替注水の準備(ICやHPCIは,非常時の一時的な注水手段であり,仮にこれらが正常に起動していたとしても,発電所対策本部としては,電源復旧と併せて代替注水手段の検討を行っていたと推認される。)が,やり直しを余儀なくされること(同3の(19)[〈2〉-111頁])もなく,その時点でHPCIにより冷却されていた3号機(同5の(3)[〈2〉-120頁])及びRCIC(原子炉隔離時冷却系)により冷却されていた2号機(同5の(4)[〈2〉-120頁])の電源復旧及び代替注水に向けた準備に注力できたと認められる。

 

(イ)      3号機関係

3号機においては,1号機の水素爆発の5時間後に原子炉水位計の直流電源が枯渇し,原子炉水位の監視ができなくなったが,移設された非常用電源設備が機能していれば,交流電源から変換した直流電源を用いて,上記の時点を超えて原子炉水位の監視をすることもできた。また,そもそも,1号機において,炉圧及び水位を確認しながらIC(非常用復水器)等による継続注水が可能となっていれば,3号機の代替注水手段の確保及び電源の復旧作業も相当に早まったものと認められ,さらに,1号機の水素爆発が回避できた結果として,電源復旧作業も相当に進んでいたと認められるから,非常用直流電源枯渇前に,代替注水が開始され,復旧電源により各種パラメータを確認できる状況になっていた高度の蓋然性がある。仮に代替注水が開始されていなくても,原子炉水位が確認できている状況であれば,当直運転員が,HPCI(高圧注水系)の作動状況について過度の懸念を抱くこともなく(同4(5)[〈2〉-114頁]),代替注水ラインの構築状況を見据えながら,適時適切な時期までHPCIを運用することが可能であったと認められる。さらに,非常用電源設備が機能していれば,仮にHPCIを停止させたとしても,SR弁(逃し安全弁)を開いて炉圧を調整し,D/DFP(ディーゼルエンジン駆動の消火系ポンプ)による注水を行うことが可能であったと認められる(同4(6)[〈2〉-115頁])。このように,HPCI,D/DFPないし復旧後の代替注水による冷却が継続していれば,炉心損傷は発生しなかったか,発生したとしても最小限に抑えられ,少なくとも水素爆発を誘発するほどの水素が発生することはなく,3号機の水素爆発は回避できたと認められる。

 

(ウ) 2号機関係

3号機の水素爆発が回避できれば,その時点で,2号機の代替注水ラインは完成していた(同5(9)[〈2〉-122頁])から,3号機への注水状況をにらみつつ,2号機のRCIC(原子炉隔離時冷却系)の機能が低下した際には,2号機への代替注水ラインを用いた注水を実施することが可能であったと認められる。また,そもそも,2号機は,全電源喪失により各種計装機器の確認ができない状況であったところ,移設された非常用電源設備が機能していれば,これら計装機器の確認が可能であり,そうであれば,RCICの水源について,各種圧力値を見ながら復水貯蔵タンクとS/C(圧力抑制室)とを切り替えるなどして,注水機能を維持することが可能であったと認められる。このように,注水機能が維持され,また,代替注水ラインによる注水が可能であれば,炉心損傷は発生しなかったか,発生したとしても最小限に抑えることができた。

 

(エ) 小括

以上によれば,とり得る結果回避措置である電源設備の高所移設を実施していれば,1~3号機で発生した炉心損傷は,発生しなかったか,発生したとしても最小限に抑えることができたから,本件事故を回避することが可能であったと認められる。

 

イ 手続面からの検討

<略>

 

ウ まとめ

以上の次第で,電源設備全部の移設という結果回避措置をとった場合,遅くとも,本件津波発生の前である平成22年末までには,移設を実現することができ,そうであれば,本件事故を回避することが可能であったと認められる。

 

(2) 空冷式非常用D/Gと配電盤の移設という結果回避措置をとった場合

原告らは,共用プール建屋に設置されていた空冷式非常用D/G(空冷式非常用ディーゼル発電機)と非常用配電盤を35m盤上に移設していれば,各プラントで電源を融通し合うなどすることにより,炉心損傷を回避することができたと主張する。

原告らが主張する非常用配電盤とは,M/C(高圧配電盤),P/C(パワーセンター)及びMCC(モーターコントロールセンター)を包括して指すものと解されるところ,これらが空冷式非常用D/Gと共に高台に移設されていれば,前記1で判示したところと同様,各プラントに交流電源及び変換された直流電源を供給することができたのであるから,結果回避可能性に関する現象面からみた帰結は,前記1に判示するところと同様である。

以下、略

 

(3) 直流電源設備のみの移設という結果回避措置をとった場合

ア 現象面からの検討

直流電源設備が35m盤上に移設され,福島第一原発の各号機に給電可能な状況になっていれば,本件津波の到来から少なくとも8時間,電源の消耗を抑える工夫を施せば丸1日程度にわたって,直流電源を駆動源とする設備を利用することが可能であったと認められる。というのは,本件事故前のSBO(全交流電源喪失)耐久能力すなわち直流電源の稼働可能時間は8時間以上であるとされており(前記第4章第1節第14,2[〈2〉-65頁]),直流電源が生き残った3号機においては,本件津波到来から丸1日以上が経過した12日20時36分に至って原子炉水位計の直流電源が枯渇している(前記第4章第2節第2,4(5)[〈2〉-114頁])からである。そして,直流電源を駆動源とする設備を利用することが可能であれば,主要計装機器,IC(非常用復水器)の隔離弁の一部(直流駆動のIC隔離弁)の遠隔操作,RCIC(原子炉隔離時冷却系)及びHPCI(高圧注水系)の起動,FP(消火系ライン)系からの注水の際の弁の遠隔操作並びにSR弁(逃し安全弁)の励磁(前記第4章第1節第1,2(5)[〈2〉-19頁])を行うことができたものと認められる。

 

(ア)      1号機関係

a D/DFPによる早期継続注水が可能であったこと

直流電源が供給可能で,主要計装機器のパラメータの読み取りが可能であれば,1号機において,原子炉水位及び原子炉圧力を的確に把握することができた。そして,IC(非常用復水器)は,本件事故直後,フェールセーフ機能によりその機能を実質的に喪失していたが,原子炉水位を的確に把握することができる状況であれば,運転員は,ICの実質的機能喪失を経時的に確認することができたし,少なくとも,ICの隔離弁を閉操作と開操作を繰り返す(前記第4章第2節第2,3(4)[〈2〉-106頁],同(6)[〈2〉-107頁])といった試行錯誤をする必要はなかった。ICの実質的機能喪失を経時的に確認することができていれば,11日17時30分頃にはD/DFP(ディーゼルエンジン駆動の消火系ポンプ)の起動確認が済んでいた(同(2)[〈2〉-105頁])のであるから,これと並行してFP(消火系ライン)注水系の注水ライン確立に注力することができた。直流電源が供給可能であれば,FP注水系の注水ライン確立のための弁操作は中央制御盤上で行うことができたから,D/DFPの起動確認後間もない時点において,FP注水系からの注水が可能であり,少なくとも,FP注水系の注水ライン確立が11日20時50分までかかることはなかった。直流電源が供給可能であれば,主要計装機器により原子炉圧力を把握することができたから,D/DFPの起動確認(11日17時30分頃)後間もない時点でFP注水系の注水が可能となっていれば,その時点での原子炉圧力を確認の上,これがD/DFPの吐出圧力を下回っていれば,この時点でD/DFPによる継続注水を実施することができた。もしも原子炉圧力がD/DFPの吐出圧力を上回っていたとしても,直流電源が供給可能であれば,SR弁(逃し安全弁)を励磁して原子炉内を減圧することができたから,同減圧を施した上で,D/DFPによる継続注水が可能であったと認められる。なお,D/DFPによる注水の水源はろ過水タンクであり,原子炉建屋から相当離れた場所にあるため水源としては不安定であるが(資料1(第6分冊)参照),直流電源の供給により原子炉水位の把握が可能であれば,D/DFPによる注水の実施状況を確認することができた。

 

b HPCIによる注水が可能であったこと

直流電源が供給可能であれば,HPCI(高圧注水系)を起動させることができた(なお,1号機のHPCIは本件津波により水没したものであるが,移設後の直流電源設備とHPCIとの配線が構築されていれば,本件津波後においてもHPCIへの給電が可能であったと認められることについては,前記(1)ア(ア)[〈3〉-64頁]のとおりである。)。HPCIは,起動しさえすれば,その稼働自体には電力を要しないところ,現にHPCIを起動させた3号機においては,起動後14時間以上にわたって,一応注水はできていたのであるから,1号機においても,D/DFP(ディーゼルエンジン駆動の消火系ポンプ)による注水が奏功しなくなったとしても,その後14時間程度は,HPCIによる継続注水が可能であったと認められる。

 

c 消防車による注水をD/DFP又はHPCIと並行して又はこれに引き続いて行うことができたこと

本件事故では,12日午前3時頃には,FP(消火系ライン)注水系への送水口が発見され,同日午前4時頃には,唯一稼働可能であった消防車1台を同送水口に接続しての淡水注水が開始された(前記第4章第2節第2,3(12)[〈2〉-109頁])。前記bのとおり,仮にD/DFPによる注水が水源の不穏により奏功しなかったとしても,HPCI(高圧注水系)による注水が14時間程度は可能だったのであるから,同注水作業中に,消防車による淡水注水を開始することが可能であったと認められる。その後,12日午前6時ないし7時頃には,自衛隊の消防車2台も併せて3台の消防車による注水が実施され,その水源が枯渇する前の12日15時30分頃には,消防車3台直列による海水注水ラインが確立していたものであるから,直流電源が供給可能であれば,D/DFPによる注水,HPCIによる注水及び消防車による淡水注水を,並列的又は断続的に実施することが可能であったと認められる。

 

d 小括

以上の次第で,直流電源が供給可能であれば,D/DFPによるFP注水系からの注水が早期に実施可能だったのであり,D/DFPによる注水が不奏功であったとしても,引き続きHPCIによる注水が可能だったのであり,HPCIの稼働中には,消防車による淡水注入が実施可能であったところ,これら各手段による注水が断続的に実施されていれば,炉圧の異常上昇も生じず,ベントを実施する必要もなかったと認めることができるし,炉心損傷も,生じなかったか,生じたとしても最小限に抑えられ,少なくとも,水素爆発を誘発するほどの水素が発生することはなく,1号機の水素爆発は回避できたと認められる。

なお,IC(非常用復水器)A系は,本件事故においては実質的に機能を喪失していたものであるが,その原因は,直流電源の喪失により,IC配管の破断の検出信号が発信されて4個の隔離弁が自動的に閉動作するというフェールセーフ機能が働いたという点にある(前記第4章第1節第1の2(5)ウ(イ)[〈2〉-20頁])。移設された直流電源設備からの給電が継続的に実施されていれば,上記検出信号は発信されず,フェールセーフ機能も働かずにIC隔離弁が閉動作しなかった可能性があるところ,そうであれば,ICによる注水も実施可能だったものであり,1号機における水素爆発の回避可能性は更に高まったと考えられる。

 

(イ) 3号機関係

3号機においては,本件津波によっても直流電源設備が残存していたのであるから,直流電源設備を移設していたとしても,本件津波以降の事実経過は,実際に生じた事実経過と基本的に異ならないものと考えられる。

しかし,前記(ア)のとおり,1号機において,炉圧及び水位を確認しながらHPCI(高圧注水系)等による継続注水が可能となっていれば,前記(1)ア(イ)[〈3〉-65頁]で検討したところと同様,3号機の代替注水手段の確保及び電源の復旧作業も相当に早まったものと認められ,さらに,1号機の水素爆発が回避できた結果として,電源復旧作業も相当に進んでいたと認められるから,3号機について,非常用直流電源枯渇前に,代替注水が開始され,復旧電源により各種パラメータを確認できる状況になっていた高度の蓋然性がある。仮に代替注水が開始されていなくても,復旧電源により原子炉水位が確認できている状況であれば,当直運転員が,HPCIの作動状況について過度の懸念を抱くこともなく(前記第4章第2節第2,4(5)[〈2〉-114頁]),代替注水ラインの構築状況を見据えながら,適時適切な時期までHPCIを運用することが可能であったと認められる。さらに,電源が復旧していれば,仮にHPCIを停止させたとしても,SR弁(逃し安全弁)を開いて炉圧を調整し,D/DFP(ディーゼルエンジン駆動の消火系ポンプ)による注水を行うことが可能であったと認められる(同4(6)[〈2〉-115頁])。このように,HPCI,D/DFPないし復旧後の代替注水による冷却が継続していれば,炉心損傷は発生しなかったか,発生したとしても最小限に抑えられ,少なくとも水素爆発を誘発するほどの水素が発生することはなく,3号機の水素爆発は回避できたと認められる。

 

(ウ) 2号機関係

3号機の水素爆発が回避できれば,その時点で,2号機の代替注水ラインは完成していた(同5(9)[〈2〉-122頁])から,前記(1)ア(ウ)[〈3〉-66頁]で検討したところと同様,3号機への注水状況をにらみつつ,2号機のRCIC(原子炉隔離時冷却系)の機能が低下した際には,2号機への代替注水ラインを用いた注水を実施することが可能であったと認められる。また,そもそも,2号機は,全電源喪失により各種計装機器の確認ができない状況であったところ,移設された直流電源設備が機能していれば,これら計装機器の確認が可能であり,そうであれば,RCICの水源について,各種圧力値をみながら復水貯蔵タンクとS/C(圧力抑制室)とを切り替えるなどして,注水機能を維持することが可能であったと認められる。このように,注水機能が維持され,また,代替注水ラインによる注水が可能であれば,炉心損傷は発生しなかったか,発生したとしても最小限に抑えることができた。

 

(エ) 小括

以上によれば,とり得る結果回避措置である直流電源設備の高所移設を実施していれば,1~3号機で発生した炉心損傷は,発生しなかったか,発生したとしても最小限に抑えることができたから,本件事故を回避することが可能であったと認められる。

 

イ 手続面からの検討

<略>

 

ウ まとめ

以上の次第で,直流電源設備のみの移設という結果回避措置をとった場合,遅くとも,本件津波発生の前である平成22年末までには,移設を実現することができ,そうであれば,本件事故を回避することが可能であったと認められる。

 

【メモ】

・共用プール建屋1階の空冷式DGは機能維持をしていた。

・仮に南側のみ防潮堤が設置されていた場合でも共用プール建屋や4号機・3号機周辺の浸水は低減されており、共用プール建屋等の高圧配電盤等の電気設備は機能維持していた可能性がある。少なくとも最高裁や国の言う南側のみ防潮堤によって各号機の各電源設備が機能を維持できたか否かは未解明なままである。

・1号機の大物搬入口の防護扉を閉じていれば1号機1階の高圧配電盤や地下1階の直流電源は機能維持できていた可能性がある。

・この場合、移設をしなくとも上記横浜地判の推論のように事故は防げた可能性がある。

・また非常用復水器(IC・イソコン)の不可解な開閉作動をせずに津波襲来となった場合にイソコンが機能し続けた可能性があることについての言及も興味深い。

・このような具体的な因果の流れの認定がないまま、南側主眼の防潮堤で対策をしても、東からでっかい津波が来たから事故は防げなかった(だから対策をしなくても責任は無い)という最高裁の認定はあまりに稚拙で情けない。