【東電強制起訴】最高裁令和7年3月5日決定と草野裁判官の補足意見

 福島原発刑事訴訟支援団のホームページに東電経営陣に対する強制起訴事件に関する最高裁令和7年3月5日付決定が掲載されています。

 草野裁判官の補足意見は下記のとおりです。

 

裁判官草野耕一の補足意見は、次のとおりである。

 

本事件において指定弁護士が設定した訴因 (以下「本件訴因」という。)を前提とする限り、原判決を破棄すべき理由を見いだし難いことは法廷意見の述べるとおりであり、私もこれに賛同するものである。

 

にもかかわらず、本件訴因とは異なる(ただし、公訴事実の同一性は認められる。) 訴因を構成する諸事実に言及しつつ論を進めることは、あるいは贅言であるとの謗りを免れないかもしれない。

 

しかしながら、本件事故がもたらした未曽有の惨事に思いを致すならば、国と東京電力を規律する法制度の内容を踏まえて、被告人らはいかなる行動をとるべきであったと考えられるのかを明徴とし、もって我が国の歴史に同様の悲劇が繰り返されることのないようにと腐心することは最高裁判所判事に託された職責の一部であると思えることから、以下、あえて私の見解を詳らかにする次第である。

 

本件訴因の要旨は、 被告人らが東京電力の枢要な地位にある者として自らの判断により防護措置等を講じることができたことを前提に、本件発電所については10m盤を超える津波の襲来によって人の死傷の結果をもたらすガス爆発等の事故が発生する可能性を予見できたにもかかわらず(この予見可能性のことを、以下「本件予見可能性」という。)、防護措置等の適切な措置(以下、単に「防護措置」という。)を講じることにより、 これを未然に防止すべき業務上の注意義務を怠り、漫然と同発電所の運転を継続した過失により、 平成23年3月11日に発生した本件地震に起因して襲来した津波(以下「本件津波」という。)による事故により多数人の死傷の結果を生じさせたというものである。

 

確かに、被告人らは、東京電力の取締役会を構成する者として、その判断により、同社をして会社法の規律の下で防護措置の実施に着手せしめることが法律上可能な立場にあった。

 

しかしながら、指定弁護士が主張する防護措置のうち、 運転停止措置以外のものについては、本件事故発生前までにこれら全ての措置を完了させることによって本件事故を回避し得たことの立証もなく、本件事故を回避するための措置としては、本件発電所の運転停止措置のみが問題となることは、第1審判決及び原判決が説示するとおりであるところ、同措置は国のエネルギー政策や国民の生活に重大な影響をもたらすものであると認められる。

 

この点に鑑みるならば、被告人らが自らの判断により運転停止措置の実施を決定するためには、本件予見可能性は、被告人らが同決定をしたことについて東京電力のステークホルダーらに対する説明責任を果たすに足る程度の蓋然性を備えたものでなければならなかったと考えざるを得ない。

 

しかるところ、本件地震前に、被告人らにその程度の予見可能性があったとまでは認められず、本件発電所の運転停止措置を講じるべき結果回避義務を課すにふさわしい予見可能性があったと認めることはできないとした第1審判決及びこれを是認した原判決の認定、評価に不合理な点は認められない。

 

2 しかしながら、本件発電所を規律する電気事業法が、国 (経済産業大臣)は、事業用電気工作物が経済産業省令で定める技術基準に適合していないと認めるときは、事業用電気工作物を設置する者に対し、その技術基準に適合するように事業用電気工作物を修理し、改造し、若しくは移転し、若しくはその使用を一時停止すべきことを命じ、又はその使用を制限することができるとしていた (平成24年法律第47号による改正前の電気事業法(以下「改正前電気事業法」という。) 40条。以下、この国による命令等を 「技術基準適合命令」という。)ことなどからすると、東京電力が被告人らの判断によって防護措置を実施せずとも、適切なメカニズムの下で自律的に防護措置の実施が開始される仕組みが法制度の中に組み込まれていたというべきである。

 

そして、この仕組みを前提として考えるならば、東京電力の枢要な地位にあった被告人らに課せられていた喫緊の責務は、同社が本件発電所の安全性にとって重要な情報を入手した場合にはそれを速やかに国に報告し、もって上記の仕組みの下で防護措置が適時に実施されることを可能ならしめることであったのではないであろうか。

 

以下、項を改めて具体的に論を進めたい。

 

3 (1) 第1審判決及び原判決が認定したところによれば、次の各事実を認めることができる。

 

ア 土木学会原子力土木委員会の下に設置された津波評価部会が、原子力発電所の設計津波水位の標準的な設定方法を提案するものとして、平成14年2月に公表した津波評価技術は、プレート境界型地震に伴う津波について、評価地点に最も大きな影響を及ぼしたと考えられる既往津波を選定し、その既往津波の沿岸における痕跡高を最もよく説明できる断層モデルを基に基準断層モデルを設定した上で、想定津波の不確定性を設計津波水位に反映させるため、基準断層モデルの諸条件を合理的と考えられる範囲内で変化させた数値計算を多数実施し、評価地点に最も影響を与える津波に基づいて設計津波水位を求めることなどを内容としていた。

 

イ 地震防災対策特別措置法に基づいて文部科学省に設置され、関係機関の職員及び学識経験者から構成される地震本部が、三陸沖から房総沖にかけての日本海溝沿いの領域を対象とした長期的な観点での地震発生の可能性、震源域の形態等についての評価を取りまとめたものとして、平成14年7月に公表した長期評価は、 明治三陸地震と同様の地震が上記領域内のどこでも発生する可能性があること等を内容としていた。

 

ウ  原子力安全委員会が、発電用軽水型原子炉の設計許可申請及び変更許可申請に係る安全審査のうち、耐震安全性の確保の観点から耐震設計方針の妥当性について判断する際の基礎を示すことを目的として、平成18年9月に改訂した「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」 (以下、 改定後のものを 「新耐震指針」 という。)は、発電用軽水型原子炉施設について、その供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があると想定することが適切な津波によっても、 上記原子炉施設の安全機能が重大な影響を受けるおそれがないことを十分考慮した上で設計されなければならないとしており、これを受けて、原子炉安全・保安院(以下「保安院」という。)は、同月、東京電力を含む発電用原子炉施設の設置者等に対し、既設の発電用原子炉施設等について、新耐震指針に照らした耐震安全性の評価を実施し、その結果を報告するよう指示した。

 

エ 東京電力は、長期評価に基づいて本件発電所に到来する可能性のある津波を評価すること等を関連会社である東電設計に委託し、同社は、長期評価に基づいて福島県沖から房総沖の日本海溝寄りの領域に明治三陸地震の断層モデルを設定した上で、津波評価技術が示す設計津波水位の評価方法に従って津波の試算を行い、同発電所の10m盤の敷地 (以下「本件敷地」という。)の南側において、最大でO.P.+15.707mの津波高が算出されるという結果(平成20年津波試算)を得るに至った。

 

この結果は、平成20年4月頃、東京電力に伝えられた。

 

(2) 以上の諸事実、就中、① 長期評価は、地震防災に関する公的専門機関である地震本部の研究成果を反映したものとして、(関係者間において全面的な賛同が得られるものではなかったとしても) 見過ごすことのできない重みを有していたといえること、②東京電力は、新耐震指針に基づき、耐震安全性の評価を実施し、その結果を国(保安院) に報告するよう求められていたこと、③ (津波評価技術を長期評価に正しく適用した結果であるところの) 平成20年津波試算によって算出されたO.P.+15.707mの津波高は、本件敷地に多大な影響を及ぼし得るものとみることができること等に鑑みるならば、東京電力は、平成20年津波試算を速やかに国に報告すべき義務を負っていたというべきである(以下、この義務を「本件報告義務」という。)にもかかわらず、東京電力は、2年10か月以上もの長きにわたり本件報告義務の履行を怠り、ついに平成20年津波試算を国へ報告したのは本件津波の襲来の4日前である平成23年3月7日のことであった。

 

(3)  電気事業法の下においては、本件発電所の各原子炉(以下「本件各原子炉」という。)は13か月以内の間隔で経済産業大臣が行う定期検査を受けることを義務付けられており (改正前電気事業法54条1項、平成20年経済産業省令第62号による改正前の電気事業法施行規則91条2号等)、定期検査の期間中は原子炉の運転が停止され、定期検査においては、その対象となる工作物が技術基準に適合していることの確認が求められていることに照らすと(改正前電気事業法55条2項参照)、技術基準適合命令の内容を充足する防護措置を完了しなければ定期検査が終了することはないと考えられる。

 

法制度に組み込まれていたかかる仕組みを踏まえると、被告人らが本件報告義務を速やかに履行していたとすれば、国は、 その後遅滞なく東京電力に対して平成20年津波試算が想定する津波に対する防護措置を講じることを命ずる旨の技術基準適合命令を発令し、当該技術基準適合命令発令後遅くとも13か月以内には主要建屋が本件敷地に配置されている本件各原子炉は全て運転を停止するに至り、 その結果、 本件津波の襲来時には、当該本件各原子炉は全て運転を停止しており、 本件津波によって当該本件各原子炉が全電源を喪失しても本件結果を回避できた可能性があったのではないかと思われる(ただし、本件報告義務の履行を受けて国が遅滞なく技術基準適合命令を発令していたといえるかについては、かかる命令を発令すべきであったか否かという規範的問題との関係性も含めて慎重な検討が必要であろう。

 

なお、本件報告義務の履行の結果発令される技術基準適合命令に基づいて東京電力が実施する防護措置が本件津波の襲来時までに完了したとは到底考えられないことから、これを完了していた場合の結果回避可能性について検討する必要はない。)。

 

4 以上によれば、本事件においては、本件結果の発生との間に因果関係が認められる可能性があると考えられる本件報告義務の懈怠を過失行為として犯罪の成否を論じる余地もあり得たのではないかと思われる。

 

しかしながら、 本件報告義務の懈怠が本件訴因に含まれないことは明らかであるから、 第1審及び原審がこの点を審理の対象としなかったことが違法であるとは認められず、同時に、 現行の刑事訴
訟制度の下においては第1審及び原審が指定弁護士に対して訴因変更を命じ又は促さなかったことが違法であると解することもできない。

 

そして、本件訴因に対する第1審判決及び原判決の認定、 評価について不合理な点が認められないことは上記のとおりであるから、私も法廷意見に賛同する次第である。」